2011年8月31日水曜日

9月の声

#twnovel 9月の声を聞いた途端に夏が恋しくなる。そう言うと、勝手な話ねと彼女に笑われた。君と別れたあとに恋しくなるのと一緒だよ。そうかしら? 私なら新しい季節を思いっきり楽しむけど。傍から見たらじゃれ合っているだけなんだろうけど、僕らは僕らで季節の移り変わりすら綱渡り。

市場

#twnovel 三途の川で釣り上げられた魂はそのまま競りにかけられ、活きのいい魂を求める仲買人達で活気づく。高く取引されるのは何と言っても老人の魂だ。「若いのは小ぶりで味も薄いからね」とある仲買人が教えてくれた。屈託なく笑う漆黒の口の中に、仕入れたばかりの魂を放り込みながら。

あなたはだぁれ?

#twnovel 「あなたはだぁれ?」過度のストレスが引き起こす、対人関係に限定された記憶障害。脳内のパーソナルな記憶スペースを割愛し、そこへ阻害されていた記憶を逃がすことが有効な治療方とされる。割愛した記憶のおかげで、原因となったストレスを取り除く必要はない。「私はだぁれ?」

落とした

#twnovel 何かを落としたような気がしてならない。気になって周囲に聞いてまわった。「私、何か落としましたか?」だが、視線を逸らしたり足早に立ち去ったり、誰も取り合ってくれない。公園のベンチで途方に暮れていると、友人が気の毒そうに声を掛けてきた。「お前が落としたのは評判だよ」

2011年8月26日金曜日

総理は…

#twnovel 総理は閣議後の記者会見の席で、自らの進退について次のように述べた。「帰化申請を行い、第二の人生は微笑みの国で過ごしたい。私はやるべきことはやってきたつもりだ。今後はサムイやプーケットで美しい海を眺めて暮らすのもいいと思う」いわゆる「タイ人表明」である。

時のかけら

#twnovel 時のかけらには小さな時間が閉じ込められていて、集めると特典が貰える。老人の手元からこぼれ落ちた時のかけらを拾った少年が歓声を上げた。時を得た少年は大人になり、老人は時を止める。やがて年老いた少年は子供達に時のかけらを撒く。特典という名の思い出を脳裏に残して。

聞き間違い

#twnovel もう夏も終わりね、と呟くと友達が呆れ顔で口を挟んだ。「季節より気の移り変わりが早いのもどうかと思うよ。こないだまでラブラブに見えた彼が、あんたの中では既に除け者っていうのもねぇ」「そうね、私の上で素で獣だったからねぇ、彼」聞き間違いと気付いたのはそれから3秒後。

食器洗い乾燥機

#twnovel その食器洗い乾燥機が回収騒ぎとなった理由は、食器だけではなく、人の心も洗ってしまうことが判明したからだ。食後の一家団欒に心を洗われた人々は一様に会話が弾み、円満な家庭生活の一助ともなる効果が認められた。その後の乾燥機能まで人間に適用されてしまうことを除けば。

今日は…

#twnovel 入口前に繋がれた犬が飼い主を探して鳴いていた。今日は買わないと決めていたのに、いざ店に入ると心が揺らぐ。売り場でそのつぶらな瞳と目が合った瞬間、私の理性は吹っ飛んだ。「予定を変更して、今夜はサンマにします」…焼き肉を楽しみにしていた子供達から一斉にブーイング。

2011年8月23日火曜日

夏が過ぎたら

#twnovel 夏が来れば思い出す。「それじゃ、夏が過ぎたら忘れちゃうんだ」からかうような口調の中に、僕は一抹の寂しさを感じ取る。そう、たぶん夏が過ぎたら僕は君のことを忘れてしまう。でもいつか必ず思い出す。一抹の寂しさは、大きな喪失感の残り香だってことを僕らは知っているから。

魔法の物語

#twnovel 古書店で見つけた読むと文字通り本の中に入り込めてしまう魔法の物語。現実に嫌気がさしていた僕は迷いもなく頁を捲る。光が溢れ、物語が僕を引き込んだ。「今日はここまで」少女の声に我に返った。どうして?これから面白いところなのに。僕は本の中に取り残された。…栞として。

ハザマさん2

#twnovel ハザマさんは時の狭間に住んでいる。幼い頃から人生の節目に現れては、僕にアドバイスをくれる。そんな彼が、僕がギャンブルで破産した未来を見たと言う。どうしてアドバイスしてくれなかったの?文句を言うと彼は言った。「したよ。彼女との結婚はギャンブルのようなものだって」

言葉

#twnovel ある日突然、人類は言葉を失った。社会は一時的に混乱を来したが、時の経過と共に概ね収束に向かいつつある。男達はいち早く以前と変わらぬ生活に戻った。一方で、女達の混乱はしばらく収まりそうにない。

2011年8月20日土曜日

設定

#twnovel 学生時代には何とも思っていなかったクラスメイトの子と、実は当時付き合っていたという設定で思いを巡らせてみた。一つ一つの凡庸な思い出が補正されて美しく輝き出す。実態のない妄想だから別れの痛みもない。問題があるとすれば、僕が通っていたのが男子校だったということだ。

十分

#twnovel 生まれ変わっても一緒にいようね、恋人達のそんなセリフには正直反吐が出る。生まれ変わろうが変わるまいが、出会いはいつだって偶然の産物。生まれ変わってもあなたを見つけられますように。それだけで、十分に奇跡。

炭酸

#twnovel 友人の失恋話に相づちを打つ。悪いと思いつつも奢りの炭酸が喉に心地いい。帰り際、友人はすっかり気の抜けたコーラを一口含んで言った。「恋愛ってコレみたいだね」「儚く消える泡ってこと?」顔をしかめて首を振る。「いや、ぬるくなったら甘ったるくて飲めたものじゃない」

河童

#twnovel 河童を捕まえようと沼に張り込んだ。相手に警戒心を抱かせない為に皿を乗せ甲羅を背負った。沼に逃げられても追えるように泳ぎも覚えた。それから何年経ったか分からない。いつものように茂みに身を潜めていると背後で人の声がした。「いたぞ、河童だ!」私は慌てて沼に飛び込んだ。

カブトムシ

#twnovel 「子供の頃、飼っていたカブトムシが死ぬと夏も終わりだなって思ってた」いつかそんな話をしてたよね。夏が終わる度に遠い貴方の言葉を思い出す。カブトムシじゃない貴方はこの空のどこかで今日も生きている。もう会うことは叶わないけど、でもだから貴方のことを憎み続けられるの。

思い出を

#twnovel 発病前の状態まで肉体の時を巻き戻す。細胞の時間を遡行させる薬は、人類が病に打ち勝つ決定打となった。リハビリに励む彼女に別れも告げず、僕は病院を後にする。後悔はしていない。脳も細胞である以上、例外ではないのだ。彼女は輝きを取り戻すにつれ、僕との思い出を失っていく。

入れ替わりの季節

#twnovel 僕は冷たい地下室で眠りにつき、入れ替わりに彼女は秋から冬を生きる。冷凍冬眠は、居住空間も食料にも乏しいコロニー内に逃げ延びた人類が採った苦肉の策。僕は夏の人で、彼女は冬の人。季節に記号以上の意味なんてない。僕は蝉の鳴き声を知らない。でも、もうすぐ夏が終わる。

#twnovel 昔の人は写真を撮られると魂を奪われるなんて言っていたそうだけど、だとすると僕は彼女の魂をかなり奪っていることになる。でもね、写真って撮る側も魂を取られているって知ってた?僕が証拠だよ。君から奪ったぶんと君に奪われた分、きっと同じ量だから僕らはうまくやっている。

流れ星

#twnvday 流れ星なんて所詮、宇宙に漂う塵だよ。大気圏に飛び込んで燃え尽きるそんなものに願いをかけて叶うと思う?  周囲で歓声が上がる中、そんなセリフを吐くあなたを私は声をひそめて笑う。あのね。5ヶ月前のあの夜、満天の星空の下で必死に祈った願いは今こうして叶っているんだよ。

2011年8月12日金曜日

終わりの時まで

#twnovel 終わりの時まで傍にいて、と君は囁いた。わかった。それなら最期の時には傍にいて、と僕は応える。二人に終わりが来るかなんて、今の僕らには分からない。けれど最期の瞬間は誰にでも必ず訪れる。だからその時は君の顔をみつめていたい。

2011年8月10日水曜日

僕のせい

#twnovel 僕のせいじゃない。この呪文を貼り付けながら、辛うじて自我を保ち続けてきた。世の中の出来事は僕などが及びもしない意思によって形成されていて、だからそれは僕のせいじゃない。自我はやがて崩壊するものだと思っていた。「あなたのおかげ」君の口から出た一言。僕は解放された。

2011年8月9日火曜日

恋の薬

#twnovel 彼女への想いが叶わないもどかしさに悶々とする俺に、友人が小さな包みをくれた。聞けば恋の薬だという。機会を見計らって彼女の飲み物に混ぜたが何の変化もない。媚薬じゃなかったのかと尋ねると友人はため息をついた。「あれは恋を冷ます薬だ。彼女じゃなくてお前が飲むものだよ」

#twnovel 通販で秋が売られていることを知った私は、一も二もなく飛びついた。ウンザリしていた夏の暑さともこれでサヨナラだ。1時間後、ようやく繋がったフリーダイヤルの向こうでお姉さんは私にこう告げた。「ただ今ご注文が殺到しており、お届けまで2ヶ月ほどかかります」

夢に君が出てきたよ

#twnovel 夢に君が出てきたよと言うと、決まって「夢じゃなくて会いに来てよ」と文句を言われた。崩れかけた石段を登り振り返れば凪いだ海が広がる。花を手向けつつ、夢に君が出てきたよと呟いてみた。蝉の大合唱が一瞬だけピタリと止んだ。「会いに来てよ」の言葉はもう聞こえない。

2011年8月5日金曜日

気持ち

#twnovel 「恩師にごちそうになったんだ。そのお礼みたいな感じで年末にお歳暮を贈ったら怒られてね。気持ちだけでいいんだ、無駄に金を使うなって」「いい恩師じゃないか」「だろ。だからお中元は金を掛けずに気持ちを送ったよ」「手紙でも書いたのか?」「いや、先方宛に代引きで注文した」

2011年8月4日木曜日

理解

#twnovel 君のことが理解できない。そう言うと彼女は頷いた。当たり前よ。理解って思い込みに過ぎないもの。私達は永遠に理解できないまま、それでも絡み合いながら未来に進んでいくの。交わらない螺旋階段のようにね。素敵じゃない?彼女の言い分は理解できない。けれど素敵だと僕は思った。

プロポーズの言葉

#twnovel 「ねぇ、プロポーズの言葉、覚えてる?」結婚記念日のディナーの席で妻が訊く。上手く取り繕わないと。「えーと、明日の朝枕元で言ってあげるから」「そう、それ。結局朝は二日酔いで何言われてるか分からなかったのよね」妻の「ごめんね」の言葉に胸を締めつけられた10年目の夜。

2011年8月2日火曜日

父の職業

#twnovel 父の職業が何なのか、私は知らない。でもそれがどんな仕事であっても、父を尊敬する気持ちは変わらない。男手一つで私をここまで育ててくれたのだから。「まさかあの真面目そうな男が人さらいだったとはね。娘も不憫だよ。もっとも、彼女もさらってきた子供の一人だって噂だがね」

不安

#twnovel 手術のことで不安がおありだとか。入院中に社会から置き去りにされるのでは、という不安も分かりますが、どうか焦らずに。人生どこでどう転ぶか分かりません。私だって医師免許を持っていないのに、現にこうして医者としてやれているんです。さて、ご安心いただけましたか?

ドキドキ

#twnovel 「ドキドキしたね」満足げな表情の彼女が眩しいのは、目が明るさに慣れていないからかそれとも心理的な現象か。「映画館は昼間から夢を見れるから好き」なるほどね。僕は隣にいるのに顔も見えない映画デートはあまり好きじゃないんだ。カフェで向き合っているほうがドキドキだよ。

花火

#twnovel 花火見物に集まってくるのは、なにも生きている者とは限らない。あの大きな音と光の中、草葉の陰でおとなしく寝ていろというのも酷な話だ。死者は群衆に紛れ、夜空に咲く大輪の花に現世の思いを甦らせる。風のない真夏の夜、冷たい風が首筋を撫でたら、彼らにそっと「おかえり」と。